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東京家庭裁判所 昭和46年(家)4764号 審判

申立人 国籍 アメリカ合衆国

住所 東京都新宿区

カレン・ギヤリー(仮名)

主文

申立人の氏ギヤリーをノードに変更することを許可する。

理由

一  申立人は主文と同旨の審判を求め、その事由として述べる要旨は、

1  申立人は、一九六九年(昭和四四年)一二月六日日本において国籍西ドイツのアルフレツド・ギヤリーと婚姻し、その際申立人の氏「ノード」を夫の氏である「ギヤリー」に改めた。

2  ところが、申立人と右アルフレッド・ギヤリーとは不仲となり、一九七〇年(昭和四五年)八月二七日に京都家庭裁判所において、調停離婚したのであるが、その際申立人が離婚後称すべき氏について右裁判所は何の定めもしなかつた。

3  その後申立人は東京のアメリカ大使館に赴き、パスポートに記載する申立人の氏を「ノード」に変更するよう申請したところ、前記調停の際に離婚後「ノード」の氏を称すべき定めがないから、なお「ギヤリー」の氏を称していると云われて申請を拒否された。

4  そこで申立人は、父母の氏である「ノード」を称したく、本件申立に及んだ

というにある

二  申立人が提出したパスホートの写し、外国人登録証の写しおよび調停調書の写し、家庭裁判所調査官服部健作成の調査報告書並びに申立人に対する審問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  申立人は、アメリカ合衆国人でワシントン大学卒業後一九六九年(昭和四四年)五月一〇日頃、かねて禅宗の研究に興味を持つていたところから来日し、大阪府堺市の浜寺英会話学院の英語教師をしながら禅宗の研究をしている間、西ドイツ国人で、タイ国で仏教を修め僧侶となり、一九六八年(昭和四三年)来日し、京都市の妙心寺に滞在していたアルフレッド・ギヤリーと知り合い、一九六九年(昭和四四年)一二月六日京都市において同人と婚姻し、夫の氏であるギヤリーを称することになつたこと。

2  婚姻後、申立人は引続き英語教師をし、右ギヤリーは僧侶をやめてドイツ語教師をしていたのであるが、右ギヤリーは婚姻三箇月後、教え子である日本人女性某と関係を持つようになつたので、申立人は右ギヤリーと一九七〇年(昭和四五年)八月二七日京都家庭裁判所において調停離婚したこと。

3  右調停離婚の際、申立人は離婚すれば、当然婚姻前の氏「ノード」を称することができるものと考え、その氏を称することの許可をえたい旨京都家庭裁判所に申立をしなかつたため、同裁判所は調停離婚の際申立人が離婚後婚姻前の氏「ノード」を称することを許可する旨の定めをしなかつたこと。

4  申立人は、前記の如く離婚により当然に婚姻前の氏ノードを称することになつたものと思い込み、そのままノードの氏を使用していたこと。

5  申立人は、昭和四五年一二月二九日に上京し、以来肩書住所に居住し、○○大学の英語教師(講師)として勤務していたのであるが、たまたま一九七一年(昭和四六年)四月二七日に申立人が東京のアメリカ大使館に赴き、パスポートに記載する申立人の氏を「ノード」に変更するよう申請したところ、申立人が前記離婚調停の際に離婚後「ノード」の氏を称すべき定めがないから、なお「ギヤリー」の氏を称していると云われて、申請を拒否されたこと。

三  申立人は、アメリカ合衆国人であるが、現在東京に居住しているので、日本国の裁判所が本件申立について裁判権を有し、かつ、当裁判所が管轄権を有していることは明らかである。

四  本件の準拠法について考察するに、本件申立は、離婚後もなお婚姻中称した夫の氏のままでいる申立人が婚姻前の氏に変更することの許可を求めるもので、これを離婚後称すべき氏の問題であると解すれば、離婚の効果の問題として日本国法例第一六条により離婚原因たる事実の発生した時における夫の本国法によるべきであるということになり、一般の氏変更の問題と解すれば、人格権の問題として、申立人の本国法によるべきであるということになる。

前説によれば、離婚原因発生当時の申立人の夫の本国法は西ドイツ国法であり、西ドイツ国婚姻法によれば、離婚した妻は、夫の氏を保有するのが原則であり(同法五四条)、ただ離婚した妻は公の認証のある戸籍吏に対する表示によつて婚姻前の氏を称することも可能であるとされている(同法五五条一項)。したがつて、申立人は、離婚後公の認証のある戸籍吏に対する表示によつて婚姻前の氏である「ノード」を称することができるので、裁判所の許可決定を要しないというべきである。

当裁判所は、本件において、申立人は法律を知らないにせよ、離婚の際もまたその後も、かかる戸籍吏に対する表示をせず、約一年近くを経過し、現在に至つているものであり、結局本件の準拠法を離婚の効果の問題として夫の本国法によらしめるのは妥当でなく、むしろ人格権の問題として、申立人の本国法であるアメリカ合衆国ワシントン州法によらしめるのが適当であると思料する。

アメリカ合衆国ワシントン州法によれば、氏名の変更は居住する県の第一審裁判所に申請すべく、その申請については、理由が明示されねばならず、裁判所は、正当で合理的な理由があれば、決定によつて、離婚した婦人の氏名を変更することができることになつている(一九六五年版同州法第四章第二四節第一三〇条、第二六章第八節第一三〇条)。

そうだとすれば、前記認定事実によつて、正当で合理的な理由があると認められる本件においては、申立人が、夫の氏である「ギヤリー」を婚姻前の氏「ノード」に変更することを許可することを求める本件申立は、理由があるといわなければならない。

五  ところでここに問題となるのは、日本国民法においては、離婚後(婚姻によつてその氏を称していない限り)妻は当然に婚姻前の氏に復することになつており(同法第七六七条)、したがつて家庭裁判所は、手続法上建前を異にするアメリカ合衆国ワシントン州法を適用実現する手段をもつていないことである。

しかしながら、当裁判所はこのアメリカ合衆国ワシントン州法による氏の変更の権限は、日本国民法による子の氏変更許可の権限に類似しているので、日本の家庭裁判所はこの子の氏変更許可の権限によつて、右ワシントン州法の適用実現をはかることができると解する。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 沼辺愛一)

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